やる気は必ずしも必要ないという話

やる気は必ずしも必要ないという話

やる気でないなあ……

よく「やる気を出す方法」を考えたり、調べたりする人が多いと思います。
が、やる気は日々続けていくことを想定するなら、なんならない方がいいです。

やる気がある状態について考えてみます。
よくあるのは、なにか大きな目標を掲げて、うおー! と取り組みます。
2、3日は続くかもしれませんが、だんだん活力がなくなってきて、だれてきます。
勢いがなくなってきたときに、初日からがんばっていた分疲れも出てきます。

そして、とうとう「今日はもうやる気がでないから、明日からまたがんばろう」と決まり文句を心の中でつぶやきます。
それから、ちょくちょくとは取り掛かりますが、だんだんとフェードアウトしていきます。

だいたい、こんなパターンですよね
……ええ、よくわかりますよ。私もそうでしたから。

やる気メラメラ! は一時的なもの

やる気がある状態は、脳内でドーパミンなどの興奮作用のある脳内物質が分泌されています。 それは、はっきりいって平常運転ではありません。

別の言葉でいえば、浮かれた状態です。
熱に浮かされた脳はだんだんと平常の状態へ戻っていきます。
なので一時の活力をあてにしながら、毎日の作業をこなそうとしても、安定しません。

人生は長く続いていくもの

生きていれば、調子の悪い日もあります。
なんの気力のわかない日だってあります。
むしろ、絶好調の日なんてそうそうないぐらいです。

それでも日々は続いていくし、やりたいことはあります。
だから多少調子が悪くても、やる気が出なくても机に向かうのです。
今日は気分じゃないから、と描かなければいつまでたっても作品は完成しないでしょう。

フラットに、良い意味で坦々と、毎日の自分のやるべきことに取り組む方が自然だと私は思います。
脳科学によると、やる気がでないのはむしろ普通で、取り掛かりはじめてからやる気というのは出てくるものらしいです。詳しく知りたい方は「作業興奮」で検索してみてください。

本当に遊び程度の趣味で、「気分が乗ったときにだけ描けばいいんだ」という考えの方にはなにもとやかく言うことはありません。
大切なのは、自分がどうしたいのか、ということだと思います。

禅的思想?

私は描いているときの感覚を大切にしています。
紙にペン先がこすれる感覚や、どこに線を引いたら気持ちいいだろうかとか考えているときのリアルタイムな感覚です。

私にとってはそれが一番幸せなのです。
私が望むことはそうしていることなのです。

なにが幸せなのかと、ずいぶん長いこと思案に耽ったりもしました。
なにかがどうなったら幸せになる、という考えは持たないようになってきました。

たとえば、お金持ちになったらとか、この職業になれたらとか。
大金を得たとしても、正しく使うことは難しいと思うし、ポジションや肩書がほしいわけではなく、自分が好きなことをしていたいと思うのです。

重要なことは「いま」という瞬間を、しっかり感覚を持って存分に楽しむことなんです。
その瞬間の積み重ねが過去やこれからの未来になっていきます。

まとめ

今回は逆張りでもなんでもなく、やる気はなんならない方がいいという記事でした。

基本的に長く続けていくことは日常の一部として当たり前にあるものとなっていきます。
反対に、別に自分の人生の中で一時的な特別イベントだが、どうしてもやる気が出ないというときには、「これが終わったら、カラオケに行って思い切り歌うんだ…」とか「この作業終わったら、コンビニで買った好きなプリン食べよう」とか、小手先のテクニック的な方法を使うのもありだと思います。

ま、結局なにがいいたいのかというと、人生たのしみましょうb